仰木千久佐(おうぎ ちぐさ)
仰木家の次男
CV:泉菊之介
SAMPLE VOICE 01
SAMPLE VOICE 02
キャラクター紹介
仰木家次男。
家督を継ぐはずの兄が病弱なために幼少より次期当主として育てられた。
そんな自分を兄の身代わりのように感じており、やり場のない怒りに任せて周囲に当たることも少なくない。
あらすじ
霧雨けぶる梅雨の頃、仰木家で使用人として働く主人公。
病弱な長男に代わり次期当主としての日々を送る次男・千久佐には、何故かつらくあたられる日々。
しかし主人公はそんな彼の不器用な優しさも知っていて……。

夢の夢こそ、あはれなれ―



※本作は、アナザーエピローグトラックは収録されておりません。
発売日
2018年11月30日(金)
定価
¥2,200(税抜)
JAN
4520424255986
品番
HBGL-012
シナリオ
アザミ白秋
イラスト
一野
企画・ディレクション
志水
ジャンル
女性向けシチュエーションCD
(18歳以上推奨)
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特典情報
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ドラマCD SAMPLE
ドラマCD
アナザーエピローグ『裏切りの代償』
本編トラックより派生するアナザーエピローグ。
※Hシーン有
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ドラマCD SAMPLE
ドラマCD
ブロマイド
エピローグアフター『夕刻、不慣れな嫉妬』
※Hシーン有
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通常版はこちら
ドラマCD SAMPLE
ドラマCD
SSペーパー
エピローグアフター『夜半、勝負の行方』
※Hシーン有
ショートストーリー

「どうして千久佐さんが、そんなに痛そうな顔をしているんですか」

ベッドの上で苦笑する妻に、そうさせているのは誰だと言い返しそうになったのを何とか堪える。
散歩途中に妻が体調不良を訴えて、気持ちが悪いと蹲った時はとにかく焦った。そして道行く人々にも手伝ってもらい、何とか近くの病院に担ぎ込んだ。
病院に着いてからも俺の方が落ち着かず、みっともなく右往左往していたら看護婦に叱られた。

「生きた心地がしなかったんだ、仕方ないだろ……」
「でも先生が部屋から出て下さいって仰っているのに、千久佐さん言う事を聞かないから困りましたよ」
「だってあの医者若い男だっただろ。そんなのにお前を任せられるか」
「お医者さんなんですから、変な事はしないですよ。それに看護婦さんもいたじゃないですか」
「婆がいてもダメだ。お前の体を他の男が見るなんて絶対無理」
「でも結局、あの看護婦さんに締め出されてましたね」

そう小さく笑う妻の顔色は、病院に来た時よりも大分良くなっていた。その頬を軽く撫でると、妻は気持ち良さげに目を細める。
その時、少し開けた窓から穏やかな潮風が舞い込んできた。
この病院は海岸近くにあるので、穏やかな波の音と鳶達の鳴き声が聞こえる。

そして病室の窓から、あの小動岬も見えた。

「――二人で心中した時以来だな、ここに来るのは」

俺達が死んでまた新しく生まれた日から、どことなく近寄るのを避けていた。
だから今朝になって妻が唐突に海沿いを散歩したいと言い出し、腰越の方に歩き始めた時は随分と驚いた。
けれどいざ来てみると、あの時よりも大分岬が小さく見えたのだから不思議なものだ。

「何となく……こっちの方に来てみたいと思ったんです」
「ふーん……何かのお導きかねぇ」

そこで会話が途切れ、心地良い間が出来る。そして今なら誰もいないと、妻の頭に手を回す。

「こ、ここ病院ですよ……」
「今この部屋にいるのは俺達だけなんだから気にするな……」

恥ずかしがって目を泳がせる妻が、とても愛おしい。
しかし唇が触れる寸でのところで、病室の扉を叩く音がした。あまりの間の悪さに盛大な舌打ちをする。

「失礼します……気分は如何ですか?」
「は、はいっ……大分良くなりました」
「それは良かった。旦那さんの方は……ふふ、随分と虫の居所が悪いようだ」
「分かってんならとっとと出て行け」

『そんな口を利いてはいけません』と妻に窘められ、決まりが悪いが大人しくする。
その様子を見て目の前の医者は、楽しそうに肩を揺らして笑った。

「奥さんですが、病気ではありませんので安心して下さい。入院の必要もありません」
「良かった……」
「ですが今日は早く自宅に帰って安静になさい。そしてちゃんと身体を温める事です」
「テメェに言われなくてもそうするさ」
「おやおや、僕は完全に嫌われてしまった様ですねぇ――お父さんに」

いきなり出てきた『お父さん』という単語に、一瞬何だか分からず妻と揃って目を丸くさせる。
同じ反応をした俺達を見て医者はまた笑ったが、今度はどこか慈しむ様に優しい表情をしていた。

「今日の海は波も穏やかですから、きっと良い事があると思っていました――おめでとうございます」

静かな鎌倉の海沿いで、新しい命がひとつ、生まれようとしていた。

俺の私室は屋敷の東に面している。前庭と裏庭を繋ぐように伸びる側庭が一番近い、二階部分。祖母の気に入りの裏庭や来客用に整えられた前庭とは違う、実用一辺倒の景観は味気ないが、俺にとってはどうでもいいことだ。
廊下の外れ、やや入り組んで奥にある部屋の入口が幼い俺の冒険心を掻き立てたのだろう。この部屋を選んだ昔の己を褒め称えてやりたい。
と言うのも、勉強に嫌気が差した時や何かに欄干に出れば庭であくせく動き回る彼女が見えるのだ。
(お、きた)
洗濯物を取り込んだり屋敷周りの掃除をしたり、黙々と、真面目に働くあいつを手すりに腰掛けて眺める。暫くそうしていると、彼女が眼下を横切るように欄干の下を駆けていく。
(こっち向かねぇかな……)
目で追えば裏庭に差し掛かる手前で執事長に呼び止められ、かしこまった様子で何か注意を受け始めた。
(大方、走るなとかもっと落ち着きを持って行動しろとか言われてんだろうな)
いつも己が他ならぬ彼から口やかましく言われる内容を思い出す。
「あいつも随分まともになったよなぁ」
彼女が仰木へ来たのはもう一年以上前、庭の桜が季節外れの雨ですっかり落ちてしまった日だった。
お節介な兄貴に促されて向かい合うも視線が合わなかったことを覚えている。俺も、兄貴も、両親も、何ひとつとして見ていない黒い目と作り物の笑顔は幽鬼のようだった。
後から聞いた話だが、父親を流行り病で亡くし、心を病んだ母親のために毎日食事を作り、洗濯や掃除をして、その上日銭を稼いでもいたがその甲斐なく母親は自死を選んだ。
そんな状態で働けるのかと思ったが、それは無用な心配で、思いのほか根性のある女だと目が離せなくなるのに時間はかからなかったように思う。
どこか淡々とした様子は今も変わらないが、それでも徐々にいろいろな表情を見せるようにもなった。

申し訳ありません、と謝る声が聞こえて、執事長は屋敷の中へ戻っていく。
眼下の彼女は気を取り直したように背筋をぴんと張ると、ゆっくりと歩き出す。
(なんだあれ……)
恐らく姿勢や歩き方を注意されたのだろう、わざとらしく胸を張って歩こうとするがあれではまるで螺子で巻いた人形のようだ。
真剣な顔でぎくしゃくと歩く様子に堪えきれず声を出して笑うと彼女がこちらに気付いて見上げてくる。不満をありありと浮かべているが、俺を見ているというだけで気分がいい。
「腹に力を入れて真っ直ぐ立って、頭の上を糸で吊られてるって想像してみろ、手足には力を入れるな」
執事長にさんざ叩き込まれた振る舞いを助言してやれば彼女は笑って大きく頷いた。
すっと背筋を伸ばしてそのまま数歩歩いて見せると、確認するようにもう一度こちらを振り返る。
「そーしてっと、ちんくしゃも少しはマシに見えるぜ」
素直に褒めてやればよかった、と一瞬後悔するが、今さらそんなことで俺への印象が良くなるわけでもない。案の定彼女は何か言いたげに口をへの字にすると、早くお勉強にお戻りください、とか生意気を言いやがる。
それからこちらに背中を向けて、俺に教えられた綺麗な姿勢のまま裏庭の方へ消えてしまった。
そちらをぼんやりと見ていれば堪えていた感情がこみ上げる。
「……かわいいやつ」
彼女がいなきゃ、こんなに簡単に口に出せるのに。